グラフィックデザイナーをしています。日々気になるコト、モノ、ヒトなど綴っています


by monaca-333

おばあちゃんの「塊炭飴」

かつて日本の経済を支えていたエネルギー源は「石炭」でした。

北海道は戦後、国内最大の「石炭」の生産地でもあり、多くの人が働いていました。

なぜ、こんな書き出しかというと・・・、

今日電車に隣り合わせた、80歳のおばあちゃんが、

実は昭和44年まで、この北海道の炭鉱街に住んでいたのだと。

旭川市の少し先、「赤平」というところに。

しかし時代は進み、エネルギー源が「石炭」から「石油」に変わったのと同時に

炭鉱街から人は去り、それぞれの家族は日本各地バラバラに住居を構えたのだそう。

でも、昔は隣近所皆家族。そんなつきあい方をしてきたおばあちゃんたちは

当時の隣近所の家族たちがバラバラになっても、誰かに何かあれば駆けつけて

みんなで助け合って生活をしてきたのだと話してくれました。

しかし年月が流れるのと同時に歳も重ね、もう何人も送り出してしまったと。

今日は神奈川県に住む当時のお隣りさんが、入院してしまったと聞き、

「知らん顔はできないんだよ」だから駆けつけるんだと話してくれました。

しばらくすると、バッグの中からゴソゴソと、小さな袋を取り出し

中から真っ黒な飴を私にくれました。

「塊炭飴」というのだそう。見た目はまるで石炭、味はニッキ。

当時、赤平で菓子店を営んでいた主人が「赤平」に相応しいお菓子をと作ったそう。

「塊炭」というネーミング、これは石炭の価値をあらわすもので、

一番良く燃え、黒く光る石炭を「塊炭」と読んだのだと教えてくれました。

おばあちゃんと話している時間がとても心地よく、私が下車するまでの間

ず〜っと、色々なことを話してくれました。

私の知らない時代、当時の生活、人との関わり合い・・・

大切なことをいっぱい話してくれたおばあちゃん。

おばあちゃんからいただいた飴に色々な歴史や思いが詰まっていて

感慨深く、なんだか食べてしまうことができず

大切に持って帰ってきてしまいました。

これがその飴・・・

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by monaca-333 | 2009-01-19 21:50 | 旅する コト